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大阪地方裁判所 平成元年(わ)2875号 判決 1990年7月20日

主文

被告人を懲役三月に処する。

未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、常習として、

一  平成元年四月一八日午後五時ころ、大阪府豊中市<住所略>マンション「アビタシオン21」前通路において、A(当時六歳)に対し、同人の着衣の中に手を差入れてその胸部を触るなどし

二  平成二年四月一〇日午後五時ころ、同市<住所略>一八番五号先路上において、B(当時一〇歳)に対し同女の着衣の上から右手でその胸部を触るなどし

三  同月一六日午前八時ころ、同市<住所略>先路上において、C(当時一〇歳)に対し同女の着衣を左手で引張って胸元をのぞき込んだうえ、さらに同女の着衣の上から右手でその胸部を触るなどし

もって婦女に対し、公共の場所において、婦女を著しくしゅう恥させ、又は婦女に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしたものであるが、本件犯行当時、被告人は、心神耗弱の状態にあったものである。

(証拠の標目)<省略>

(責任能力についての判断)

被告人の責任能力について当裁判所の判断経緯を明らかにする。

一  まず、第二回公判調書中の松本和雄の供述部分の内容は次のとおりである。

1  被告人は、遺糞症ということで、九歳の時(昭和四六年)に大阪大学で右松本の診療を受けているが、その時の診察結果は精神薄弱兼遺糞症及び脳波異常に基づく行動障害(情緒障害)ということであった。

2(一)  当時の被告人の脳波については、間脳(情動の中枢)が障害された場合に出るという一四&六サイクルの棘波が時々認められるという異常が存在し、生物学的に情動の中枢の障害が示唆された。昭和六三年八月二日に行った脳波検査の結果は、(非常に)軽度の徐波が混入する程度であり、正常との境界域の脳波であった。ただ、脳波が成長に従って良くなるということは、一般的な傾向であって、てんかん性の気質が残っている可能性は存在する。

(二)  被告人が二四歳一一ヵ月の時点で、知能指数は六九であり、それは一〇歳から一一歳くらいの知的年齢と評価できる。

ただ、社会的情緒的な発達は知的レベルより更に低いという可能性が存在する。

(三)  被告人は中学生の頃、外性器が早熟的であり、当時の学校の先生の話では、性的なことに関心が強すぎるということであった。

(四)  被告人が受診している近畿大学からの回答書によると、CTスキャンによる検査の結果、脳の中の骨に多少異常が存在する疑いがあり、内分泌検査の結果甲状腺機能(内分泌腺)の異常が認められた。

(五)  右の脳波の異常、脳の中の骨の異常の疑い、外性器の異常及び背が比較的低いことからは性的な発育に関連のある下垂体系の障害(思春期早発症)があった可能性が考えられる。

3  以上の諸事情をふまえると、被告人は、社会的な善悪の意識を持つことはできるものの、脳の未発達並びに脳の情動を刺激するような脳の機構並びに情緒面の未発達から通常人よりも性欲が発達しており、精神的及び社会的な未発達のためにそれを抑制する能力が劣っている。かかる抑制力は、特に性衝動が生じたときはほとんど働かなくなる可能性が存在すると証人松本和雄は判断する。

4  右松本は、継続して、脳波異常に対して抗けいれん剤というてんかんを抑える薬を、情緒不安定に対して精神安定剤を投与しており、最近は、性欲の発現を抑制するために、安定剤と抗けいれん剤を量を増やして投与していた。

二  鑑定人横山淳二作成の鑑定書及び同人の当公判廷における供述の内容は次のとおりである。

1(現在の精神状態)

(一)(1)  脳波異常

脳波検査結果によれば、六サイクルの徐波の出現が認められ、境界~異常の範中に入る脳波所見である。これは、学童期に観察された一四&六サイクルの陽性棘波の残存したものと考えられる。かかる所見は、被告人の生来的な間脳系の異常を推定させ、精神遅滞と情緒障害、とりわけ情緒的な不安定や衝動統制力の低さを生ぜしめている可能性が存在する。

(2) 精神発達

被告人の知能は、知能指数にしてIQ六六(鈴木・ビネー式知能検査)~六七(WAIS知能診断検査)であり、軽愚級の範囲にある。心理検査(ロールシャッハ・テスト、バウム・テスト)結果からは、情緒的な面の発達は知的能力で見られる水準よりさらに未発達で未分化であることがうかがわれる。

(3) 思春期早発症の原因

松本医師の診断によって観察されたという「思春期早発症」の原因としては、被告人の場合特発性のものが考えられるが、間脳系の障害の可能性がうかがわれる。

(二)  被告人の現在の精神状態としては、「脳波異常」「精神遅滞(軽愚)」「情緒障害」とこれらに随伴する「代償性の性的異常行動」をあげることができる。これらの一連の障害及び被告人の「思春期早発症」の既往症は、原因論的には間脳系の内因性の異常を強く示唆するものである。

2 (犯行当時の精神状態)

被告人の犯行は、性衝動の亢進→衝動統制力の障害(低下)→衝動がもたらす欲求不満状態→小児(女性)への接触→性的興奮と自慰行為による性衝動の解除と図式化して理解できる。結局、被告人の犯行は性衝動の亢進と元来において低格な衝動統制能力の破綻として理解できる。

3 (責任能力)

被告人の犯行は衝動亢進時の統制能力の破綻として表現されている。衝動の亢進と抑制力の低下は元来相補的なものであり、その相補的な構造については病的規定性(生物学的)および社会的規定性(発達論的)という観点からの理解が必要である。被告人の場合、この構造を詳細に説明することは容易でない。しかしながら、被告人においては、間脳系の障害によりきわめて強い性衝動が生じ、精神発達的遅滞のため衝動抑制力は弱く、かかる性衝動が発現した場合それを抑制することはきわめて困難である。この意味で、犯行当時、被告人には是非を判断しそれに従って行動する能力がないわけではないが著しく障害されていたと判断され得る。尚、被告人は、平静なときには自分の行った行為がよくないという意識は存在する。

三  他方、前掲各証拠及び父甲野満男の当公判廷における証言によると、被告人については以下の事実が認められる。

1(一)(生活状況)

むずかしい仕事は別として、特に仕事をする上で支障はなく、村田金属、共栄産業で工員として働き、また身の回りのことは一応一人でできる状況にある。

(二)  犯行態様

被告人の犯行態様には、次のような特色が存在する。

<1> 大人の女性にいたずらしたら捕まりやすいので、いたずらの対象はほとんど小学生、それも低学年の女の子に絞っている。

<2> まず、登下校の時間帯に通行中の小学生の中から対象を選択する。

<3> 対象は誰でもよいというわけではなく、髪が長くて可愛いか、髪は短くてもきれいな子を対象に絞っており、眼鏡をかけている子は対象から外しているというように、自分の好みの女の子のみを対象にしている。

<4> 自分の好みのタイプの女の子が見つかれば、捕まらないよう、近くに大人がいないかを確かめる。近くに大人がいたら犯行をあきらめる。

<5> 近くに大人がいなければ、「あんた何年生」と声をかけ、相手が「○○年生」としっかり答えてくれたら、次に「服何枚着てるか見せてえ」とか、「ええおっぱいしてなあ、見せてえ」と言って相手の返事を待たずにすぐ相手の胸を手で着ている服の上からや服の胸元から手を突っ込み直接触る。

<6> 被告人は、平成元年四月一八日、本件起訴事実の犯行にいたる前に、別の女の子に声をかけているが、無視されて相手にされなかったことで、無理に触る気にはならず、騒がれると困ると思ってその子にいたずらするのはあきらめている。

(三)  被告人は、性欲を処理するために、梅田地下街に時々行き、中学生くらいの女の子に声をかけ、食事に誘い、対価を提供するなどして性交に及んでいる。

2  被告人は、前回の事件で執行猶予中でありながら、犯行を行い、さらにその裁判中でありながら、犯行を繰り返した。

四  そこで、以上の諸事情を考慮して被告人の責任能力を検討する。

1  前述した被告人の生活状況によれば、被告人は通常の日常生活を行う能力を有しているものと判断できる。

2  前述した被告人の犯行態様によれば、被告人は、自己の好みの女の子を設定し、これを選択し、性的興奮が生じても、付近に大人がいたりして検挙の危険性がある時は実行を断念し、大人の女性については、捕まる危険を考えて対象から外しており、また声をかけた女の子に無視されたことで犯行を諦めていることを考えると、被告人は、かかるレベルにおいては、客観的状況を判断して自己の行動を統制しているということができる。しかし、「検挙の危険性」「騒がれる危険性」という外的な統制要因によって自己の行動を統制できたからといって必ずしも自分が弁別した事の是非善悪の判断に従って行動する能力が存在することを意味するものとはいえない。仮に、悪いこととは分かっているにもかかわらず、「検挙の危険性」というような外的な統制要因が存在しないと自己の行動を統制することに支障があるような状況にあるのであれば、やはり「理非善悪の弁別に従って行動する能力」に問題があるものというべきである。

3  また、前述したように、被告人は梅田の地下街に行って、中学生くらいの女の子に声をかけ、巧みに性交に及んでいるわけであり、そこにはかなり高度な状況判断、欲望の統制が認められ、被告人がかかる行動を取っていることは被告人に一定限度の性欲の統制能力が存在することを示しているということができる。しかし、かかる自己の欲求(性欲)を満たす目的を達成するために自己の性欲を統制する能力と、事物の理非善悪を弁別しその弁別に従って行動する能力とは別物であり、性欲の満足のために一時自己の性欲を統制できたからといって完全責任能力が存在するということになるものではない。

4  思うに、鑑定人横山淳二作成の鑑定書及び同人の証言及び第二回公判調書中の松本和雄の供述部分は、いずれも社会精神医学あるいは教育心理学の専門家の専門的判断であり横山医師は過去に五〇件に及ぶ精神鑑定を手掛けていること、二人の専門家の判断は、横山医師の判断は松本医師の判断をふまえてなされたものとはいえ、相互に整合していること、両医師の判断経過に論理的飛躍があるとは認められないこと、両医師とも証人尋問において概ね的確に質問に答えていること、被告人が執行猶予中に本件犯行をおこなったはかりでなく本件裁判中にも犯行を繰り返したという事実は、被告人に性衝動が生じた場合はそれを抑制するのが極めて困難であることを裏付けているとも考えられ得ること、被告人自身当公判廷において、「(自分を抑える気持ちが)ほとんどなくなってしまうような状態になるのです。」などと供述していることなどの事情に鑑みれば、鑑定人横山淳二作成の鑑定書及び同人の証言及び第二回公判調書中の松本和雄の供述部分はいずれも信用できるものと考えられる。

この点、横山鑑定に対しては、<1>「内因性の障害」の意義につき「原因不明」とする部分と「間脳系の障害」とする部分と一貫性に欠ける説明をしている部分があること、<2>脳波について、鑑定書では「境界ないし異常脳波」と明記しながら、境界は異常の領域にはいると証言していること、<3>横山医師自身、本件については、鑑定人が異なれば結論に相違がある可能性を認めていることなど、その信用性という面から問題がないではない。

しかし、<1>の点については、横山証人の証言(横山証人尋問調書一三丁表)によれば、「原因不明」とは「生物学的にどこが悪いということは全ての人たちの意見が一致しているけれども、じゃあ、どこがどのように悪いかということについては、まだ証明されていない」ことを意味しているものと解され、すなわち具体的な病名との対応が困難であることを意味し、他方で「間脳系の障害」と証言していることは、その原因についての一つの意見と解され一貫していないわけではない。<2>の点についても、「境界は異常の領域にはいる」という点の「異常」は正常以外と解され、必ずしも一貫していないというものではない。<3>の点についても、横山証人は自分と「同じような結論の人たちが、人数的には一番多くなるんじゃないでしょうか。」と証言しており、総体的にその信用性がないものとは認められない。

五  以上より、鑑定人横山淳二作成の鑑定書及び同人の証言及び第二回公判調書中の松本和雄の供述部分は信用でき、少なくとも、被告人においては、間脳系の障害によりきわめて強い性衝動が生じ、精神発達的遅滞のため衝動抑制力は弱く、かかる性衝動が発現した場合それを抑制することはきわめて困難であり、この意味で、犯行当時、被告人には是非を判断しそれに従って行動する能力がないわけではないが著しく障害されていたという合理的可能性が存在するというべきである。よって、被告人は犯行当時、限定責任能力であったものと判断した次第である。

(法令の適用)

被告人の判示所為は包括して公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和三七年大阪府条例四四号)九条二項、五条一項に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、右は心神耗弱者の行為であるから刑法三九条二項、六八条三号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役三月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、自己の性欲を満たすために計画的に抵抗が困難な女児を狙っていたずらをしたものであり、犯行態様はきわめて悪質といわざるを得ず、本件の衝撃で登校が困難になった者もおり、心身ともに未成熟な被害者に取り返しのつかない精神的衝撃を与えたこと、被害者の両親及び学校関係者等は、本件により、児童の安全な保護、育成に深刻な不安を持ち、被告人の厳重処罰を切望していること、被告人には同種前科が多数有り、執行猶予中に本件犯行に及んだばかりでなく、本件裁判中にも犯行を繰り返したものであることなどの諸事情を考慮すると、被告人が前述のように心神耗弱状態にあったことを考慮しても、その刑事責任は重大であり、主文程度の実刑は免れないと思慮する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 今井俊介)

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